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不完全さについて

自分は物覚えが悪く、そのことでよく落ち込みます。

世間にはいろんな人がいて、完璧に見える人や僕よりも全然できない人など。

なぜ自分はこんなに物覚えが悪いのだろうと思います。

それについて考えていると健康について不完全な人がいたり、体力的に不完全な人がいたりと思いが広がっていきました。

一方で不完全であることは仕事の幅が広がるなと思いました。

もし人間全てが完全ならおそらく何もすることがないでしょう。

 

クリスチャンなんですが、聖典を学ぶ機会があります。そこで先生が「アダムとイブの堕落に感謝している人!」と言って挙手を求めました。

初めてその言葉を聞いた時は「感謝?」と思いました。

アダムとイブは完全でした。エデンの園には善悪もなく病気もありませんでした。しかしサタンにそそのかされ実を食べたことで堕落しました。知識を得て悪いことをしたことを知りました。そして自分が裸でありそれが恥ずかしいという感情も芽生えました。

しかしそれはアダムとイブが正しい選択をしたと言うのです。

神は「実を食べてはならない」という戒めと「産めよ増えよ地に満ちよ」という戒めを授けて、アダムとイブはより大切な戒めを選んだと。実を食べて善悪を知ることによって人類ができて幸せを感じるようになったと。確かに悪がないと善がありません。

なるほどなと思いました。

話は全然変わってそれと仕事についてなんですが、例えば病院。病気の人がいるからこそ医者、看護師、医療事務、医療機器、薬、建物という仕事が発生します。もし体が完全で病気にならない、お腹が空かないとなるだけでどれほどの仕事がなくなるか。

疲れずにどこまでも走っていけるなら自転車はもっと売上が下がるし体を鍛えることもなくスポーツはつまらなくなるでしょう。

目が悪い人がいなければ眼科、眼鏡屋さん、コンタクトレンズに関わる人も失職です。それらは他の分野、電気、鉄鋼、農業にも影響を与えるでしょう。

まあほとんどの職業が問題解決だと思っているので完全になったら問題を解決する必要がぐんと減るんですね。

おかげで仕事ができて充実感や成長する喜びみたいなものも感じることができるなと思いました。