田舎の描写と思い出
自分の故郷は今住んでる地元だ。
地元がどこかは内緒。
でもずっと読んでると分かる人もいるかと思う。
母の実家が岡山で子供の頃は毎年行っていたのでそこが故郷のような感じがしている。
親戚がたくさん集まって本当にサマーウォーズの様になっていた。家も高い所にある。高すぎる。山のずーっと上にある。
周りには4件くらいしか家がない。
近くの山で石灰を切り出していて、発破があると専用の電話みたいな形のスピーカーから連絡がある。
畳をめくるとすぐに掘りごたつにできる。
でも足を入れる所がくぼんでなくて直ぐに灰があるので温まりにくかった。
納屋には牛小屋があった。僕が生まれた頃にはもう牛は飼ってなかったけど、まだ匂いは残っていた。多分ずっとすると思う。
お風呂は五右衛門風呂だったけど、ある年に普通の湯船に変わった。腰に泡を当てることのできるジェットバス。
庭の脇に湧き水が出る池がある。そこにイモリが数匹いた。赤と黒のまだら模様が気味悪いような綺麗なような感じがした。
おじいちゃんのお墓は歩いてすぐ、40か50mくらいの場所にある。そこには古いお墓もあって文字が削れて読めないものもある。
そのお墓を超えると田んぼが広がっていて小屋もあった記憶があるんだけど、大人になって行ったら道自体がなくて後で聞いたら草が伸びて塞がっているらしい。
おそらく田んぼも形跡がないくらい荒れているだろう。
この家から山の麓の町まで歩いて1時間くらいかかったと思う。子供の頃、親戚のお姉ちゃんと兄とで歩いて行ったことがある。舗装されてるんだけど、途中近道できる所があって、そこは本当に山道だ。薄暗くて少し怖かったけどみんながいたので大丈夫だった。
麓まで降りたのは汽車に乗って数駅離れた所で降りて鍾乳洞を見るためだった。
駅は絵に描いたような田舎の駅で小さなかわいいディーゼル機関車が止まっていた。
ふざけて線路の上にも降りたけど今なら怒られるかな。
お姉ちゃんは「財布のお金全部取り」って言って財布を開けた。小銭ばかりだったけど銀色の百円玉や五十円玉(そういや何故◯◯円玉って玉を付けるんだろう?)もたくさん見えて、とても大金に思えた。「え?いいの?」と聞いてみる。お姉ちゃんがいいと言うので罪悪感を感じながらも全部もらった。
鍾乳洞楽しかった。